メンタルヘルス問題と労災、安全配慮義務

メンタルヘルス問題の増加

近年、職場におけるメンタルヘルス問題が増加傾向にあります。

精神疾患により医療機関にかかっている患者数は、近年大幅に増加しており、平成26年は392万人、平成29年では400万人を超えています。
内訳としては、多いものから、うつ病、統合失調症、不安障害、認知症などとなっており、 近年では、うつ病や認知症などの著しい増加がみられます。

生涯を通じて日本人の5人に1人がこころの病気にかかるともいわれています。こころの病気は特別な人がかかるものではなく、誰でもかかる可能性のある病気です。

 

メンタルヘルス問題の原因

職場においてメンタルヘルス問題が増加している主な原因はストレスです。

近年、労働者のストレスが増大していると言われて久しくなっています。

厚生労働省が5年ごとに実施している「労働者健康状況調査」の平成29年の調査結果によると、現在の仕事や職業生活に関することで、強いストレスとなっていると感じる事柄があると答えた労働者の割合は、58.3%にものぼります。また、強いストレスの内容としては、多い順から、①仕事の質・量、②仕事の失敗、責任の発生等、③対人関係(セクハラ・パワハラを含む)、④役割、地位の変化等(昇進、昇格、配置転換等)となっています。

 

メンタルヘルス不調と労災認定

労働者がメンタルヘルス不調を発症した場合、メンタルヘルスの不調が業務上の原因による場合、労災が認定される可能性があります。

メンタルヘルス不調が業務上の原因によるか否かの一般的基準として、平成11年に、旧労働省が「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」が発表されました。

その後、精神障害の労災請求件数が年々大幅に増加したことに対応し、審査や迅速化や効率化を図るため、厚生労働省は、平成23年、「心理的負荷による精神障害の認定基準について」を新たに策定しました。

新たな認定基準によれば、精神障害の労災認定要件は以下のとおりです。

 ① 対象疾病に該当する精神障害を発病していること

 ② 対象疾病の発病前おおむね6か月の間に、客観的に当該精神障害を発病させるおそれのある業務による強い心理的負荷が認められること

 ③ 業務以外の心理的負荷及び個体側要因により当該精神障害を発病したとは認められないこと

以下、①から③の認定要件を満たすかどうかの判断方法をみていきます。

 

① 対象疾病に該当する精神障害を発病していること

労災が認定されるために、まずは、業務に関連して発病する可能性のある精神障害を発病していることが必要です。

代表的なものは、うつ病や統合失調症、急性ストレス反応などです。

認知症や頭部外傷などによる障害およびアルコールや薬物による障害は除きます。

 

② 対象疾病の発病前おおむね6か月の間に、客観的に当該精神障害を発病させるおそれのある業務による強い心理的負荷が認められること

労働基準監督署の調査に基づき、発病前おおむね6か月に起きた業務による出来事について、業務による心理的負荷が「強」と評価される場合、②の認定要件を満たします。

心理的負荷が「強」とされる場合として、厚生労働省は、心理的負荷が極度のもの、極度の長時間労働を挙げています。

この2つ以外の場合は、事案全体を総合評価して、心理的負荷が「強」といえるかを判断します。

 

③ 業務以外の心理的負荷及び個体側要因により当該精神障害を発病したとは認められないこと

精神障害を発病しても、それが業務以外の原因による場合には、③の認定要件を満たさず、労災は認定されません。

たとえば、私生活上のストレスが原因であったり、家族・親族の出来事が原因の場合は、③の認定要件を満たしません。

また、精神障害の既往歴やアルコール依存症などの、その人の個体側要因については、その有無とその内容について確認し、個体側要因がある場合には、それが発病の原因であるといえるか、慎重に判断します。

 

メンタルヘルス問題と使用者が負う安全配慮義務

被用者が、業務上の原因によりメンタルヘルス不調になった場合、使用者が、安全配慮義務違反に問われ、被用者から損害賠償請求をされる場合があります。

安全配慮義務は、契約に基づく本来的な債務の他に、信義則上認められる不随義務の一つで、使用者が被用者の就労の安全にも配慮すべき義務を信義則上負っているとする義務です。

安全配慮義務違反が認められるポイントは、①使用者に被用者がメンタルヘルス不調を発症することの予見可能性があったこと、②使用者に被用者がメンタルヘルス不調を発症することの結果回避可能性があったこと、です。

最高裁昭和50年2月25日判決(陸上自衛隊事件)では、最高裁は、国(使用者)が、公務員(被用者)に対して、安全配慮義務を負っていることを認めました。

その後、平成20年3月1日に施行された労働契約法5条において「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」として、安全配慮義務について明文化されました。

最高裁平成12年3月24日判決(電通事件)は、長時間にわたる残業を恒常的に伴う業務に従事していた労働者がうつ病にり患し自殺した事件で、「使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり」と判示し、使用者の安全配慮義務違反を認め、1億6800万円の賠償支払いを命じました。

使用者としては、被用者に対して安全配慮義務を負っていることを念頭に置いて、被用者がメンタルヘルス問題を発生させないように日頃から注意すべきであると言えるでしょう。

 

当事務所にできること

被用者がメンタルヘルス問題を発症した場合、使用者は、業務効率が低下したり、場合によっては多額の損害賠償を請求されるリスクもあります。

このようなことを防ぐために、たとえば専門知識を持った弁護士と顧問契約を締結し、労働環境の適切さについてアドバイスを日頃から受けておくことは、メンタルヘルス不調問題を防ぐためにも有益でしょう。

また、実際にメンタルヘルス不調問題が発生した場合、たとえば安全配慮義務違反が認められるかどうか等の判断には、法的な専門知識が必要です。

当事務所には、労働問題について経験豊富な弁護士が在籍しています。

お困りのことがあれば、ぜひ当事務所にご相談ください。

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